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2026.10.21

日本は入れ歯先進国だった?【仙台市若林区の歯医者】

日本の入れ歯、その意外に長い歴史

「入れ歯」というと、現代の歯科医院で作るものというイメージがありますが、日本の入れ歯には実はかなり長い歴史があります。

日本で古くから作られてきたのが、「木床義歯(もくしょうぎし)」と呼ばれる木製の入れ歯です。いつ頃から始まったのかははっきりしていませんが、現存する最古のものとして知られているのが、和歌山市・願成寺に伝わる尼僧「仏姫(ほとけひめ)」の入れ歯です。仏姫は1538年に亡くなっているため、少なくとも16世紀には、日本で実用的な総入れ歯が作られていたことになります。

材料には、丈夫で加工しやすいツゲの木が好んで使われました。木を患者さんの口の形に合わせて細かく削り、前歯などには人の歯や象牙、骨などをはめ込むこともありました。中には木そのものを歯の形に彫り出したものもあります。単なる「歯の模型」ではなく、実際に食事をするための道具だったのです。

そして興味深いのが、その作り方です。蜜蝋を使って口の中の型を取り、それをもとに少しずつ木を削って調整していきました。完成までには2~3か月かかることもあったとされます。現代の義歯製作とは材料も道具も違いますが、「型を取り、口に合わせて調整する」という基本的な考え方には、現代の歯科にも通じるものがあります。

江戸時代になると、「入れ歯師」と呼ばれる専門の職人が登場します。もともとは仏像などを彫る仏師や木彫職人の技術から発展したと考えられており、やがて入れ歯作りを専門にする職人が現れました。江戸の町では店を構えたり、各地を巡ったりして仕事をする入れ歯師もいたようです。

有名な愛用者もいます。江戸時代の国学者・本居宣長も入れ歯を作ってもらった一人です。1796年、67歳のときに入れ歯が完成すると、「食べ物がうまく噛める」ことを喜んだ記録が残っています。入れ歯に対する喜びは、現代の患者さんとあまり変わらなかったのかもしれません。

その後、幕末から明治にかけて西洋の歯科医学や新しい材料が日本に入ってくると、ゴム製の義歯などが普及し、木製の入れ歯は徐々に姿を消していきました。明治20~30年頃まで木床義歯は使われていたとされています。

こうして見てみると、日本の入れ歯は「昔の素朴な道具」というだけではありません。木を彫る職人の技術と、患者さん一人ひとりの口に合わせる細かな調整によって、かなり高度なものが作られていました。

そして何より面白いのは、500年近く前の人も、「もう一度、自分の歯で噛むように食事をしたい」と願っていたことです。入れ歯の歴史は、実は「おいしく食べたい」という人間の願いの歴史でもあるのかもしれません。



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